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zoom RSS 印象派について・・・。

<<   作成日時 : 2006/05/26 14:31   >>

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 今回は、日本において非常に人気のある「印象派」について
少しお話させていただこうと思います。

 
 印象派といえば、モネやドガ、ルノアール、セザンヌ、ピサロ、シスレーなど
有名どころがずらりと揃っていて、(日本では、ゴッホ、ゴーギャン(或いは
セザンヌなんかもそのようですが)なども後期印象派という言い方で、
印象派のくくりに入れられたりします)

 日本人で彼らを好きな人は非常に多いですから、展覧会でも印象派の作品を
取り上げれば、いつもたくさんの人が入ります。

 
 ・・・で、今回なぜ印象派を取り上げたかということなんですが、これは一つには僕自身が
印象派をあまり好きではないということです(笑)・・・いやいや、これは冗談といたしまして。
(嫌いではないのですが、好きでもない?というか・・・僕の作品制作にはほとんど影響を
受けていない、というのか・・・)

 印象派を取り上げた大きな理由は、近代絵画〜現代絵画(現代絵画については、
直接的とは言えませんが)を語る上で、やっぱりこの「印象派」の存在とは、どうしても
避けて通れないと思うからです。

 だから、自分の中で一度きちっと整理しておきたいなぁと以前から思っていました。
 

 僕は美術史の専門家ではないから、その方面については詳しくはないのですが
僕なりに絵画史(油絵)全体を俯瞰してみた場合、どこで大きく分かれるかというと
この印象派じゃないかなぁと思っています。

 印象派を起点として、それ以前と以後とではまったく絵画に対する考え方が
変わってしまったと思います。

 
 ご承知のように印象派は、その後のフォーヴやキュビスムへの流れの
源泉でもあるわけですから、そういう点では現代美術との繋がりもあると言えます。

 あと日本に関して言うと、日本の油絵の歴史は印象派から始まったといってもいいですからね。

 黒田清輝に始まって、その後の梅原、安井など有名どころは皆
印象派の流れを汲む人たちで、彼らが日本の油絵の歴史を作っていったと言っても
過言ではないでしょう。

 だから日本人は絵画(油絵)というと、どうしても印象派のような絵が
真っ先に思い浮かんでしまうのです。

 
 ただここで、僕自身のことを少し話させていただきますと、最初に少し触れましたが
僕個人としては印象派というのはあまり好みではありません。

 というのは、僕が最初に絵画においてインスピレーションを感じて好きになった画家
というのは、印象派の時代の頃でいうと、ある意味ではそれとは対照的な
ロマン派の流れを汲む象徴主義〜表現主義の作家たちの作品だったからです。

 
 つまり、今の時代から考えると非常にマイナーなカテゴリーに入れられている
画家たちの影響を受けていると言えます。

 (もっとも、印象派も色彩という点ではロマン派の影響を受けていると言えるでしょうけど、
このあたりのことは話しだすと、人によって考え方がいろいろあるでしょうし、話がかなり
ややこしくなってしまうので今回は省かせてもらうことにします)

  
 さて、長い前置きはこれぐらいにして、印象派についてですが、僕は印象派について
いわゆる一般的に美術書などで書かれているような美術史的な視点からは
あまりお話しようとは思ってません。

 そのような視点からの話は、いろんな人がいろんなところでかなり細かく本などに
書かれていますから、僕が改めてこの場で話す必要などないと思うからです。

 
 だから今回僕は、美術書などではあまり書かれていない、その時代の「社会的(歴史的)背景」
という視点からお話しさせていただこうと思います。

 絵画・芸術といったところで、結局人間が作るものですから、その時代の社会的な
情勢(環境)というものを抜きにしては考えられません。

 いくら美術・芸術が、純粋に個人の(心や思考(思想))の問題を取り扱っているなどと
美辞麗句、綺麗事を並べ立てたところで、その個人の心の問題に時代の空気というものが
入らないわけがないですからね。

 それでは本題・・・
 
 印象派ということを考える上で僕が一番ポイントだと思っているのは、これは少し意外だと
思われるかもしれませんが「科学技術」ということなんです。

 「科学技術」というと、なんだか「絵画」という心(精神)を問題とする?美術・芸術の分野とは
相反するもののように思われるかもしれませんが、実はこの時代を語る上で「科学技術」というのは
絶対無視することはできないことなのです。

 
 例えば、よく本などで印象派の特徴として書かれている 1、印象派の作品が総じて
これまでの絵画に比べて小さくなったこと、2、屋外で作品製作を始めたこと、
3、原色を使った点描法や筆触分割など新しい絵画技法を開発したこと・・・

 なども、美術史的な視点からだけでなく、社会的・歴史的な視点から見てみると
また違った風に見えてくると思います。

 ともすれば、絵画の分野だけですまされてしまいそうな事柄も、今からおよそ200年ほど前の
「産業革命」という歴史的大事件が大きく影響しているという視点からひも解いてみると、
また違った風に見えてくるのではないでしょうか。

 「産業革命と印象派」なんていうと、なかなかすぐには結びつきにくいとは思いますが・・・

  
 このことをもう少し具体的に見ていきますと、例えば産業革命によって
絵画を購入する層に大きな変化が生じました。

 このことはつまり、一般市民の中に絵画を所有するだけの経済的余裕を持った
新たな階層が生まれた、ということです。

 
 このことは例えば、前記に触れました印象派の特徴である
絵画の大きさ、大小にも繋がっていきます。
 
 印象派が生まれる少し前までは絵画を購入する層というのは、主に王侯貴族や教会
関係者などで、彼らのように大きな権力・財力を持った一部の勢力に限られていました。

 画家は王侯貴族や教会などから依頼を受け、彼らの持つ城や別荘、聖堂などに飾る
絵画や壁画などの制作を請け負って生活していたわけです。

 当然、そういう大きくて広い場所に飾るものですから、作品の大きさというのは大きくなります。
(権力者たちはそれだけのものを作れる財力を持っていましたし、またそのことが
自分達の富や名声・権威などを市民にアッピールする意味合いもあったでしょう・・・)

 
 それが、産業革命によってブルジョワジーという新たな富裕層・新興勢力が生まれ、
彼らが絵画の新しい購買層となっていくにしたがって状況が変わってきます。

 
 というのも、彼らには城や大聖堂で飾るような大きな絵画なんて必要ないからです。

 彼らは経済活動で利益を上げることが主たる目的ですから、大きな作品を作って
自分達の権威や名声などを世間にアッピールする必要なんてありませんし、そもそも、
そんな大きな物を飾る場所がないだろうし、保管にも困るというわけです。

 もちろん、彼らは経済的には裕福な富裕層、新興勢力でしたが、文化的には
非常に保守的だったので、貴族などが買い求めていた いわゆるアカデミックな
内容の絵画を欲しがりましたが、彼らのような層の広がりが一般市民の経済状態の
底上げを可能にし、さらなる購買層を生み出していったということは大きいと思います。

 このことは、この時代から「画商」という絵画を専門に扱う商売人が
出現するようになったこととも関わってきます。

 つまり、印象派が活躍する19世紀末には絵画を買って家に飾ろうと思えるだけの
そこそこ経済的余裕のある市民層が育っていたということです。

 こういうバックグラウンドがあって、印象派の画家たちが出てきたんです。
 
 
 作品の買い手が大きく変われば、描き手も当然変わっていかざるを得ません。

 描き手が買い手の要求にしたがって、作品の大きさを小さくしていけば
当然持ち運びも可能となります。

 それから、屋外で絵を描けるようになると、時事刻々と移り変わる風景を
素早く描き残すために描き方も変えていかなければなりません。

 その新しい技法の開発にも、当時流行していた科学技術の象徴である
カメラ(写真)の存在が大きく関わっています。

 カメラという存在はいろんな意味で画家の生活を脅かすほどのものだったのです。

 印象派の画家たちが始めた点描法や光・影などの捉え方、色を濁らせないために
なるべくパレット上で色を混ぜずにチューブから絞り出し原色のまま使う、などの技法も、
もとを辿ればカメラの光学理論(光線7色論など)からきていますし、このカメラという存在を
抜きにして、この頃の絵画は語ることができません。


 そして、このカメラ(写真)の出現は物を見る目、物の見方というものを大きく変えました。

 それは単に、ものそのものを写し取る(写実)ということだけじゃなくて、
「リアリズム」という考え方を絵画の世界に持ちこむことになるのです。

 このリアリズムという考え方は印象派の技法の発明なんかより、はるかに大きな
絵画史上の大事件だと思います。


 先に印象派は科学技術の産物だという旨のことをいいましたが、このことはつまり
絵画の世界にリアリズムという概念を持ち込んだということでもあるんです。

 
 印象派というのは要するに、一言で言ってしまうと「リアリズムの追求」ということが
言えるかもしれません・・・。
 
 このリアリズムという考え方は、それ以前の絵画(肖像画を除いて)にはほとんどありませんでした。
  
 リアリズムという言葉は、よく写実ということと混同されがちですが、実際には両者は全く違った概念です。

 
 このことは例えば、印象派の先駆けといわれているマネの「草上の昼食」が、何故あれほど
話題になったのかということを考えてもらえば、わかっていただけるのではないでしょうか。

 このマネの作品は女の人の裸が写実的に描かれているということで話題になったのではありません。

 もし、裸婦ということだけが問題であったなら、マネ以前にもいくらでも写実的な裸婦は描かれています。

 
 それなのになぜ、マネのこの作品だけがスキャンダラスな作品として世間の大ひんしゅくを買ったのか?
 
 それはつまり、マネのこの作品がリアリズムにのっとって描かれた裸婦だったからです。

 彼以前の裸婦というのは、簡単に言ってしまうと宗教上、歴史上、神話上の一場面としての
裸婦だったので、裸ということがとりたてて問題にされなかったということです。

 しかし、マネの「草上の昼食」に描かれている場面というのはそうではなくて、今この現実の一場面に
普通にそこら辺に歩いていてそうな女の人の生々しい裸婦を登場させたから大きな問題となったわけです。

 これまでの絵画というのは、(肖像画は別にして)神話や宗教画、歴史画に描かれている
風景や人物というのは、そのほとんどが画家の頭の中で描かれた想像上のものです。

 例えば聖書の中の有名な一場面を描くにしても、誰も実際にはその場面を見ていないわけでしょう?

 あれだけ多くのキリスト像やマリア像が描かれていても、実際にはだれもキリストやマリアを
見たことないんです。

 
 でも、マネの「草上の昼食」は違います。

 この絵の場面に描かれている人物(服装や小物なども含めまして)は、まさに同時代に生きている
人達とほとんど同じものであって、そこに宗教や神話的・歴史的一場面を想像させるものはありません。

 誰もが今のこの時代に、この瞬間に、その絵の中に描かれた場面を実際に見ていると
思わせるようなリアルな現実感があったから問題になったわけです。

 このような考え方(物の見方)を絵画の世界に持ち込んだ、というのが
絵画史上において非常に大きな事件だったと思うのです。

 この時代から(この時代のおかげで?)、今の私達が普通に絵を描く際に行っている
「その人が今この瞬間に見えている世界をありのままに、感じたままに描いていいんだよ」という
考え方の根が生まれたわけです。

 そういう意味では、この時代は絵画という分野に限らず、現代に生きる私達の
物の見方の原点を作り出した大きな歴史的事件であったと言えるのではないでしょうか。


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